ビーチサンダル誕生秘話


1948年

第2次世界大戦後占領軍として日本に来ていたイタリア系デザイナーのレイ・パスティン(R Pastene)氏は、日本の草履に興味を抱いたが、そのまま帰国の途についた。
帰国後も、草履のことが頭から離れなかったパスティン氏は、3年間アイディアを練り続け、ビーチサンダルの原案を持って、再来日することとなる。

1951年

3年間練に練った企画書を持ち、再び来日したパスティン氏は、内外ゴムの生田と出会う。当時、独立気泡ゴムスポンジを開発したばかりの生田は、「苦労して開発したこの技術が日の目を見るかもしれない」と、両者でゴム草履の開発研究を行うこととなる。
(独立気泡ゴムスポンジとは、発泡体の軽いスポンジで、水を吸わないと言う特徴を持つ。従来の重いゴム板・水を含むゴムより解放され、あらゆるゴム産業技術の発展に重要な役割を果たした、内外ゴムが1951年製法特許を取得したゴムスポンジ。)
日本の草履を参考にしながらも、アメリカで販売する為、アメリカ人向けに試行錯誤を行っていった。

ビーチサンダル コンセプト

1952年

試作品が出来るものの、ゴムが魚臭く商品にならなかった。
しかし、安い品物より品質の良い物にを合言葉に、スポンジ品質の向上など試行錯誤を行って、1952年に国産第1号の独立気泡スポンジ草履が完成、商品化される。
世界初のビーチサンダル「BEACH WALK」の誕生である。

1955年

その後、部品用モールドの作製、加工工具の作製などを行い、量産体制を確立。1955年(昭和30年8月)日本で初めてアメリカ向けビーチサンダルを輸出。ハワイでは、1カ月に10万足も売れた時があるなど、大ヒットとなる。

「BEACH WALK」のコンセプト、「独立気泡スポンジの使用」と「テーパータイプソールの使用」・「左右異型タイプ」は変更せず、日本人向けに木型を作成しなおし、ソールの形状や花緒の形状を変更。
日本初の日本人向けビーチサンダル「Blue Dia」の誕生である。

アメリカ生まれと思われていたビーチサンダル…実は日本で誕生したものである。
木型やコンセプトなどの基本がしっかりしていた為、品質の向上以外の基本設計はほとんど変えず、現在も継続して生産が行われている超ロングセラー商品となる。